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ゆとり教育は悪か?-1

みちくささんの卒論の感想を書くためにまずはこの話を。


何かと「ゆとり世代ww」と言われてしまう「ゆとり教育」。
でも、ゆとり教育はそこまでひどい教育なんだろうか。

実はうちのリンクロウ(小2)を見てると、「ゆとり教育ってそんなに悪い教育じゃないんじゃないの?」と思うことが多いんです。
いくつかの事例を紹介します。

 

2学期の国語の授業で、こんなプリントがありました。

プリントに山や川がある町の風景のイラストが描かれています。
で、絵の中にはいくつかの□があって、そこにそれを説明する漢字を入れるようになってるのね。
例えば、「山」とか「木」とか「車」とか「家」とか「川」とか。

それが一つ目の課題なんだけど、二つ目の課題は「この風景を見て、思いついた話を書きなさい。条件としては書き出した漢字を使うこと」という問題文だったの。 

こういう授業ってうちらが子供のころはなかったよね?
読書感想文とかはあったけど、小学2年生で「絵を見てストーリーを作る。なおかつ指定の漢字を使って」ですよ。
というか、ここまで書いて気がついた人がいるかもしれないけど、これっておもいっきりムサビ映像学科の「感覚テスト」そのもの。

絵が4枚あって「それにお話をつけましょう」という国語の宿題もありました。
「美術の時間が減ってる」と嘆かれていますが、いやいや、これって国語で美術で必要な能力、美術で教えなくちゃいけない能力を訓練してますよ。

 

また、今の算数の授業って「○+○=13」という問題が増えてます。
昔は「6+7=○」と「解答」を求めるものしかなかった。
他の宿題を見ても、明らかに私達の頃より「記憶」ではなく「思考力」「表現力」「応用力」「実践力」を鍛える授業をしてるのがわかります。

 

例えば「直径5cmぐらいの円を描きなさい」という問題があったとします。
やれ「コンパスがないと描けない」「定規がない」「直径×3.14が円周だから」と文句をいう前に、そのへんに転がってる空き缶から似たようなサイズを探してボンと紙の上においてキュっと描いちゃった方が早い。
「直径5cmぐらい」って言ってる時点でシビアなサイズを求めてないのはわかっているんだから。

学問上は「円周率を何桁言えるか」「コンパスをうまく使えるか」が大事なことだと設定されているけど、「コンパスがないから描けない」といつまでも文句を言ってる人と空き缶でサクっと円を描いちゃう人がいたら、どっちが「かっこええなー」と思えるか?
どっちが「現場で使える人」だと思うか?
明らかに後者です。

これを体感的に知っていれば、「直径5cmの円を書きなさい」とシビアな答えを求められるようになっても、「これぐらいの大きさなはず」と直感的にわかり、3.14という数字を使っても間違えることが減ります。

 

「直径5cmぐらいですぐに手に入る丸いもの」から空き缶の存在に気がつくのが「応用力」であり「引き出しの多さ」なのね。
知識も大事だけど、日常生活や現場で一番使えて求められるのって実は「応用力」・・だと私は思っています。

一番ゆとり教育が必要だったのは、「ゆとり教育をやろう」と言い出し、そしてそれをすぐに否定しちゃった大人達なのかもしれません。

 

皆さん、気になるのはそのリンクロウの作文でしょう(笑)
感覚テストのような国語のプリントで何を書いたか。
実はこんなことを書いてました。 (要約) 

「みおちゃんが引越しで学校からいなくなる。ボクは追いかけた。川を越えて追いかけた。みおちゃんの車が見えたけど追いつかなかった。道で転んだ。とっても痛かった。血が出た。みおちゃんは行ってしまった。さよなら」

・・・・ドラマの見すぎじゃないかと・・・。

 

でも、リンクロウさん。
杉並区では、小学1,2年生が国語の時間に書いた詩を集め、それを詩集として2年に一度発刊してるんですが、うちの小学校からは3名の詩が掲載されて、見事その1人になりました。

いやー、文才はパパ譲り(バカ親・・じゃなくて親バカ)

 

 

続く。

 

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